正論が通じない人間もいるのが現実
みなさん、こんにちは!
前回更新時から、なんと1週間も経過してしまっていました!
昨日、全国的に緊急事態宣言が解除されましたね^^
まだまだ気は抜けませんが、ひと安心☆
緊急事態宣言解除に伴い、当社でも、後楽園店の営業と技術研修を全面的に再開致しました!
後楽園店は、2月中旬から閉めていたので、実に3ヶ月ぶり。
今年は技術研修も受講のご依頼を結構いただいていたので、かなり痛手ではありました。
逃してしまった部分は、また頑張るしかないですね。
後楽園店を休業する直前から、後楽園店のマネージャーになってくださる方の募集を始めたのですが、こちらもコロナ流行で止まってしまっておりましたので、正式に再開致しました。
ただ、あまりダラダラと募集していても仕方がないので、あと1ヶ月以内に見つけることが出来なければ、募集は終了しようと思っております。
私は最近、次の一手を考え初めておりまして、現状、後楽園店に足を引っ張られているので、諸々あと1ヶ月で自分の中で蹴りをつけて、次に進みたいと思っています。
店長さんは誰でもいいという訳ではありませんので、見つけられるかどうか、それこそ運に任せています。
千葉を仲間にできた強運も、私の運命。
ということは、私に強い引きがあるのであれば、きっと素敵な方を見つけることができるのではないかと思うんです。
ちょっと神頼みすぎ?笑
ただ、従業員を探しているわけではないので、お金を払って広告を出して募集する気はありません。
あくまで「理念が同じ方」にお願いしたいので、それがもし、あと1ヶ月で見つけられなければ、それは私の運命であり、今の力量なんだと思います。
アシックスの創業者・鬼塚喜八郎さんは、こんな言葉を残しているそうです。
”志あるところに道は拓かれ、求めるところに師は現れる”
この言葉を見たとき、自分のことだなと思ったんです。
私に最高の師が現れたからです。
これと同様、きっと、諦めず志を持って仕事をしていれば、同じ志の仲間が自然と集まってくると思うんです。
だから、私は後楽園店のマネージャーになってくださる方も、きっと見つかると信じています。
でも、もし見つからなければ、やはりそれは私の運命であり、今の力量。
もっと自分を磨く必要があるのではないかと思います。
話は変わりますが、最近、ネットバッシングについての議論が盛んに行われているのを見かけます。
有名な方は、あることないこと書かれたり、罵詈雑言・暴言を毎日のように浴びせられて本当に大変だと思います。
「有名税」なんていうけれど、やはり限度というものがあるんじゃないかな。
話はちょっと違いますが、私は吉岡里帆さんが可愛くて大好きなんですが、あの吉岡里帆さんですら「ブス」とか書かれる世界ですからね。
あんな美女滅多にいないわ!と叫びたいです。
さて、私は有名人ではありませんが、店舗を運営し、こうして情報発信をしておりますので、多少身バレしています。
ですので、ネットにうちの店のフェイクを流されたり、嘘を書かれたりもします。
有名人の方は、私とはネット上に書かれる量が違いますが、でも、私は逆に、対面で会ってしまうので、面と向かって暴言のようなものを浴びせられることもあります。
昔はですね、もうそれはいちいち間に受けて、対応していました。
開業した頃は27歳でしたし、自分としては一生懸命店舗運営に励んでおりましたので、少しのことでいちいち落ち込んで、泣いていました。
現在は30歳になりまして、開業してから4年目に突入していますが、もう今はそんなことはすべてどうでもよくなりましたね。笑
「勝手にやってくれ」と思っています。
どうしてこう思えるようになったのかというと、理由は2つあります。

まずひとつ目は、この3年間の間に本当に沢山の方に関わったからです。
人間は十人十色であることを、身を以て経験しました。
その中には、相容れない人も少なからずいて、そういう人とは「考え方が違うから理解し合えない」と分かったので、諦めることにしました。
それとは逆に、ほとんど何も言わなくても理解し合える方、ちゃんと説明すればちゃんと理解してくれる方、無条件で応援してくださる方、そういう温かい皆さんにも沢山出会いました。
私は店舗運営という経験を通して「人間は十人十色」ということを学ぶことが出来たので、心無い言葉やフェイクも水に流せるようになったんだと思います。
もちろん店の名誉のために、ネット上にあまりにも事実と異なることを書かれたら表向きは反論はしますが、気持ちとしては「馬鹿だなこいつw」としか思いません。
もうひとつの理由は、事業がうまくいっているからです。
自分がうまくいっていると、他人のことなんて非常にどうでもよくなります。
元々他人に関心のなかった私ですが、さらに関心がなくなりました。
人を執拗に叩いている人は、やはり自分の人生がうまくいかないストレスを成功者に向けて発散しているだけなので、相手にするだけ無駄。
ただ、これを成功している有名人、ルックスが良くてお金も沢山稼いでいる方が発してしまうと、どうしても嫉妬心に火をつけてしまいますよね。
私は有名人を叩いたことは一度もありませんが、気持ちは分からないくはないです。
負の感情が渦巻いている時って、自分以外の全員が羨ましく思うんです。
特に、ルックスも良くてお金持ちの芸能人なんて、羨望の眼差し。
吉岡里帆さんのことをブスなんて書いてしまう人たちは、きっと強烈な嫉妬心からではないかと思います。
自分の人生に満足している人は、人なんて気にしている暇がないので、ある意味、有名人などどうでもいいと思っています。

ただ、私も、このところ、「発信」に関しては、気をつけるようになったことはあります。
それは発信に「攻撃性」を減らしたことです。
元々、特定の人や店を名指しで攻撃することはしないように気をつけてはいたのですが、高い志を持っていたことがたたって、以前はかなり攻撃的に、アグレッシブに発信をしていました。
それに共感してくださってファンになってくださる方もいっぱいいたのですが、同じくらいアンチみたいな人たちが現れてしまって、特に他店舗から攻撃を受けたり、それこそフェイクを流されたり、不安を感じる出来事が起きるようになってしまったんですね。
自分も攻撃性を持っていたし、ある程度は仕方がないと諦めていたんですが、来年法人化することもあるし、今後大きくしていくにしても「敵は少ない方がいいな」と思い始めたんです。
そもそも、何故攻撃的な発信をしていたかというと、お客さんを獲得するため。
全てはそのためです。
別に他の店舗を敵に回す意図なんて無かったですし、逆にファンになってもらう気もなかったです。
ただ単純に「信頼してもらって少しでも多くのお客さんに来て欲しい」と思ってやっていただけだったので、敵を増やす意図はなかったんですが、勿論攻撃的な内容に、アンチが付いてしまうのは仕方のないことですよね。
「お客さんの獲得」という意味では、そこまで攻撃的にやる必要もなかったことを知ったので、いまは攻撃性はなるべく出さずに、目の前の事実と、うちのことだけを発信するように心がけるようになりました。
それからは、だいぶアンチ的な人もいなくなった印象があり、今は安心して運営できるようになりましたね。
私はまぁ、ぶっちゃけると、実利を取っただけです。
「これ以上敵を増やす行為は自分にとって損だな」と感じたので、やめただけ。
しかし、これって経験もそうだけど、年齢もあるのかもしれないですよね。
もし、いま、私が20代前半だったら、こんな風には考えられなかったと思うんです。
「実利を取る」なんていう現実的な考え方は、3年以上店舗運営をしてきた30代になった私だからこそ導き出せた答えだと思うんです。
だからこそ、新しいホームページに移ってから、コメント欄を開設し、オープンな空間にするように変えることもできました。
ちなみに、こういうことを言っていると「客のクレームや意見は真摯に受け止め改善するのが店舗だろ!」とか言ってくる人もいますが、そんなことは百も承知です。
正当なご意見は真摯に受け止め、改善するのは当たり前のことです。
しかし、相手にすべきではない人も、申し訳ないですが、世の中には一定数存在しています。
その点は、誤解のないようにお願い致します。
人生って、悲しいけれど、ある程度の諦めも必要だとおもいます。
全員に理解されることなんて絶対に無理だからです。
でも、好きに発言できない社会になってしまったら、それはそれで不健全です。
政治家・経営者・有名人・店舗など、不特定多数の人がそれぞれ自由に評価したり、意見を言い合うからこそ、健全な社会やサービスが育っていくんだと思います。
だから、批判される側にいる人たちは、この事実を受け止め、うまく付き合っていくしかないのかもしれません。
他人を変えることはできないので、自分が変わるしかないからです。
以前ネット記事で、こういう文章を読みました。
「世間一般の人は、批評者である。
誰かが生み出したもの、生み出したサービスを、与えられて批評するしか出来ない。
もし、世間一般から抜け出し成功したいのであれば、批評者でいてはいけない。
生み出す側にならなければいけない。
だから、批評や批判を恐れてはいけないんだ。」
この言葉を見た時、批評を受け止める器がないと成功することはできないんだと悟りました。
どなたが発信したか分からないのですが、この言葉は、意外と私の考え方を変えてくれたような気がします。
私は批評者のままではいたくないので、自分で挑戦する道を選びました。
もちろん、心無い言葉を、ましてや匿名で、他人に浴びせるなんてありえないです。
それによって深く傷つく方がいることを絶対に忘れてはいけないです。
ただ、批評者の中には、こういう層がいることを現実として知り、受け止めて、生きていかなければいけないのかもしれません。
悲しいですけどね。